Toronto International Film Festival 2011, Day 7: Review

書きそびれていた断片的トロント国際映画祭TIFF)報告の第三回。

映画祭七日目。
朝、ハーバーフロントにあるホテルを発つ。移動の合間にホテルで買ったコーヒーとベーグルを食べながら一本目の会場であるAGO併設のジャックマン・ホールへ向かう。朝の交通ラッシュで思うように車が進まないものの今回もなんとか時間通りに会場へ。
一本目はMark Cousinsによるドキュメンタリー『The Story of Film: An Odyssey』。Cousins本人による映画の歴史に関する同名の著作を映像化したものだが、驚くべきは延べ900分という長さだ。本も500ページを超す大著だそうだが、それを映像にしようという壮大な野心に思わず頭が下がる。今回のトロントでは3チャプターごとに区切られて上映されたが、映画祭終盤には前編後編の全二回での上映も実施されるらしい。さすがに一挙上映とはいかなかったが(なんたって15時間もあるのだ)、二回に分けてもそれぞれ7時間を超すので、これはなかなかタフな上映になりそうだ。
この日は全15チャプターの内の、1950年代後半から60年代のロベール・ブレッソンイングマール・ベルイマンルキノ・ヴィスコンティらのヨーロッパ映画の成熟からニューウェイブの誕生、およびその世界的影響を扱ったチャプター7から9が上映された。構成はいかにも正攻法(あるいは教科書的といってもよいかもしれない)といった感じで、映画史をクロノロジカルに、膨大なキャノンのクリップとCousinsが世界中を飛び回って撮影したインタビューなどの映像を駆使して叙述していく。そうした映像にCousinsによる淀みない解説がボイス・オブ・ゴッドスタイルのナレーションで添えられる。 また日本、イラン、インド、アフリカといった非西洋世界の動向にも万遍なく目を向け丁寧に紹介されていくので、作品のスケールがどんどんと膨らんでいく(と同時に上映時間が延びていく)。ここまで広く、長い映画史の領域をひとりでカバーするとなると、今度は、逆に、はたして900分で足りるのかという疑問がわかなくもないけれど、世界中を飛び回り、本当にたくさんの映画人の証言を集め、ひとつの作品に作り上げた情熱に拍手を送りたくなる労作だ。



作品内でも延々と語りつづけたCousinsだったが、上映後のQ&Aでも予算的には常に苦しい状態にあったことや映画内で引用された作品やインタビューに登場する人物のインデックスをオンラインで公開する計画などをとてもエネルギッシュに紹介していた(TIFFフェイスブックアカウントから公開してもいいねと言っていたがその後どうなったのか不明。発見された方はご一報ください)。また、本作品が無料上映されたことも付け加えておきたい。上映前に会場へ行くと、ボランティアのひとたちがチケットを配っており、特に並ぶ必要もなく観ることができた。こんなに密度の濃い作品が無料で公開されるとはすばらしい限りだ。今回のトロントでは、この作品の他にもイランで拘束された事件が話題となったジャファール・パナヒの新作『This is not a Film』が無料上映の扱いとなり、また前々回の記事で紹介したBell Lightboxの一階にある展示スペースでは、ガス・ヴァン・サントと俳優のジェームズ・フランコが共同で制作したインスタレーション作品『Memories of Idaho』(製作から20年が経ったヴァン・サントの監督作『マイ・プライベート・アイダホ』をリヴァー・フェニックスの未公開シーンやオリジナル脚本から再構築し、追悼するビデオ作品。『Idaho』と『My Own Private River』の二本の作品から構成されている)が無料で公開された。


終了後、正午過ぎからのマチュー・カソヴィッツ『Rebellion』を観賞している別行動組と合流するためにBell Lightboxへ。距離も近く、天気もいいので歩いて向かうことにする。今回参加した三日間のうちトロントはどれも晴天に恵まれた。暑すぎず、日射量も多く、まだ冬の訪れを感じない今の時期はトロントのベスト・シーズンではないだろうか。合流までには時間があるので途中「リトル・ニッキーズ」というコーヒーショップで休憩。小さめの揚げドーナツが気になるも10個からしか注文できないらしい。悩むが、小腹も空いたので購入する。人気があるらしくお店は混雑しており、店員は少しイライラとしていたが、コーヒーは一杯一杯丁寧に淹れられクオリティーが高く、ドーナツも美味しい。もっと早く見つけていればもっと通っただろうに、参加最終日になったのがなんとも悔やまれるところだ。

合流。『Rebellion』は1988年に起きた仏領ニューカレドニアでの独立派による人質事件からフランス軍による残虐事件へと至る過程をカソヴィッツ演じる特殊部隊員の視点から描く重厚な政治ドラマで、ハリウッドとフランスを行き来するカソヴィッツらしくシリアスさとエンターテイメント性が両立されたジャンル映画に仕上がっていたとのこと。また正史からは隠蔽されてきた植民地(と人種的他者)をめぐるトラウマの歴史を呼び起こすという点では第二次大戦アルジェリア戦線での外国人部隊を描いたラシッド・ブシャールによる2006年の作品『Days of Glory』を思い起こさせもする。カソヴィッツによるストレートな政治的メッセージと2011年という公開時期は、もちろん、2014年にニューカレドニアで行われる予定の独立の可否を決める住民投票を踏まえたもので、作品は現実世界の問題とリンクされ、議論されることを望んでいる。Bell Lightboxの中でもおそらく一番広いと思われる劇場は挨拶とQ&Aに登場したカソヴィッツも驚くほど満員の観客で埋まっていたそうだ。Q&Aでは撮影に際し軍の協力は得ることができず、プラスチックや木板を使って戦闘ヘリや戦車に見立てたエピソードや、いまだに本国内でこの事件に対する認識が薄いことに対する懸念、またカソヴィッツニューカレドニアを休暇で訪れたときに映画の構想を得てから製作開始までに10年かかったという話(こちらも一本目に負けないくらいの労作だ)を紹介したとのこと。

終了後、Bell Lightboxに併設されたカフェで遅めの昼食をとる。マルゲリータピザとプルドポークサンドイッチ。朝から動いた(といっても劇場ではずっと座ってるわけだけど)疲れをとった後、市内にあるライアソン大学内の劇場でフィリップ・ガレル『That Summer』を観て今回のトロントは終了。傲慢なナルシズムと悲痛なリリシズムが同居した美しいフィルム。日の暮れ始めたハイウェイを用心深く走り抜け、ロチェスターへ帰る。(k)