『Chang』 メリアン・C・クーパーとアーネスト・B・シュードサック

チャングが出た!

といって落とし穴にかけよる村人たち。
そのあと数カット、カメラは力いっぱい何かを引き上げようとする人たちしか見せず、いったいぜんたいチャングが何なのかわからない。

「チャング」(1927)はメリアン・C・クーパーとアーネスト・B・シュードサックという言わずと知れた「キングコング」の生みの親による、ジャングル冒険記だ。 しかし冒険記という表現は適切じゃない。というのも、この映画は決して西洋人によるジャングル探索ではなく、北シャムに住む村人Kru一家を中心にそえた半ドキュメンタリーだからだ。ヒョウやライオン、そして巨大な蛇のアップなどは今日のドキュメンタリーに負けないほど鮮明だ(今日のような望遠レンズがないので、おそらく命知らずな至近距離での撮影?)。そのいっぽう、村人はあきらかに役を演じており、おおまかな話の内容を通っているフィクションでもある。こうした半ドキュメンタリースタイルはRobert J. Flahertyがエスキモーに焦点をあてて(演出たっぷりに)撮ったNanook of the North (1922)で確立されている。

「チャング」というタイトルも、長回しで撮った米の脱穀の様子も、いかにも異文化風情を強調した感じのオープニングだが、それにも増して気になるのはKruという主人公の役者もその家族や村人役も、一切まったくCreditがないことだ。これも半ドキュメンタリーのチャーム・ポイントとしてとらえてもいいだろうか。Kru一家の演技も決して素人というわけではなさそうだ。ましてやこれだけのの野生動物を写すためには、専門家の指導や特別な準備にかなり多くの人々が関わったのではないだろうか。ペットとして家族に飼われる白い毛なみの猿などは、かなり訓練されたとみえてひょうきんな演技を連発している。彼にはカメラもしっかりPOV(Point of View)ショットをあたえている点からしてもCreditが欲しいところだ。

ところで、落とし穴のなかから引き上げられた「チャング」の正体は象である。

田んぼを荒らした罰(?)として村人たちが躍起になって捕獲して、最終的には巨大な追い込み漁のような装置を作って、百頭はいそうな象の大群(いったいどこから集めてきたのだろう?)を捕獲してしまう。インタータイトルではジャングルの広大さと偉大さを讃えているが、映画を見ていて感心するのはこうした映画を作ってしまったCooper/Schoedsackの大胆さだろう。

そもそも人間の暮らしを脅かす動物たちを捕えて殺してしまおうという発想(そして映画の中で実際に虎やヒョウを撃ってしまっている)は、シャムというよりアメリカンな感じがするが、これはぼくにはわからない。ただ象の大群を追い込み漁的に捕えたあと、突然G・S・Sandersonなる英国の象の専門家の解説がインタータイトルに入るところを見ると、シャムはやはりロケーションであるに過ぎず、思想体系でも文化でもないことがわかる。大量の象は人間に飼いならされ、エンディングで高々と人間の脳の偉大さが歌われる。

80年前に作られた映画の倫理性に文句を言っていても仕方がない。こうした映像を80年後に、まったく同じように映画館に座って見れることのほうがよっぽどおもしろい。今晩のDryden Theaterは残念ながら空席だらけだった。それこそKodak創始者George Eastmanは、彼の豪邸内の映画試写室であったDryden Theaterで「チャング」を観てよろこんでいたかもわからないのに。
(2010年10月19日上映)