Toronto International Film Festival 2011, Day 2: Review

長いあいだ更新が滞っていましたが、ここで気持ちを入れ替えて再出発。
今回はトロント国際映画祭TIFF)についての報告です。

1976年に始まり、今や北米市場にとって最も重要な映画祭となったトロント国際映画祭も今年で36回目。
映画祭二日目にあたる9月9日、ロチェスターからハイウェイを飛ばし、国境を越え、アキ・カウリスマキ監督の『Le Havre』、Ruslan Pak監督の『Hanaan』、そして「Wavelengths 1: Analogue Arcadia」と題した実験映画のプログラムを鑑賞した。

トロント到着後まず最初に向かった『Le Havre』は今回が北米プレミアということもあって、前売り券は完売、また会場にも当日券を求めて長蛇の列ができるほどの大人気。内容の要約は、トロントに先立って上映したカンヌ映画祭日本語HPに詳しいのでここでは省くが、移民問題と言うヘビーな題材に取り組みながらも「こんな時代だからこそわたしたちには幸福な物語が必要だ」と言ったらしいカウリスマキによる優しく、楽観的な物語(そしてあっけらかんなまでのご都合主義!)に会場は暖かい雰囲気につつまれた。

今回の上映には、主人公の靴磨きを好演したAndré Wilmsが舞台挨拶に登場した。上映後のQ&Aでは、ユーモラスな答えで会場を和ませ、トロントらしい気さくで打ち解けた上映会になった。Wilms氏はカウリスマキミニマリストな演出について高く評価し、監督の(あるいはWilms氏の)マニフェストである「less is more」(少ないことは即ち豊かなこと)という表現を繰り返し使った。その中で、監督がある日「俳優と話をするのは疲れた」とつぶやき、その日は終日口笛だけを用いて演技指導をしたエピソードなども聞かせてくれた。共演したアマチュアの子役Blondin Miguelの好演ついては、「子どもの記憶力はおそろしい。なんたってまだ酒で脳がやられていないからね」などと言って笑いを誘った。



終了後、チャイナタウンで遅めの昼食を取り、二本目は二手に分かれることになった「ドライデンのブログ」遠征チーム。A班小川が向かった『Hanaan』はロカルノに続いて北米では二度目の上映。TIFFでは新人の作品を紹介する Discoveryというカテゴリーでの上映となっている。コリアン系ウズベキスタン人の若者たちが、ドラッグと犯罪が氾濫するタシケントで生きのびていく過程を淡々と描く力強い作品。自身もコリアン系ウズベキスタン人であるRuslan Pak監督も会場に来て挨拶をした。どういう理由か、この作品はI-Maxのような特大のスクリーンで上映されたが、手持ちのHDカメラを多用した作品のためあまり適切な上映環境とは思えなかった。(左の写真は上映会場であるScotiabank Theatreのエントランスと劇場をつなぐ巨大階段。)

B班河原はジャ・ジャンクーの助監督を務め、デビュー作『ワイルドサイドを歩け』が好評だったHan Jieの監督第二作『Mr. Tree』(前作に引き続きジャ・ジャンクーがプロデューサーとして参加している)を見る予定だったが、時間が合わずやむなく断念。トロントはすべての会場がダウンタウンに集中していて移動も少なく快適ではあるけれど、それでも会場間の移動や食事の時間などを考えて上手くスケジュールを組むのは毎度のことながら頭を悩ませてしまう。まあ、それが映画祭の楽しみのひとつではあるけれど。

一本逃して時間が出来たので、B班はオンラインで購入しておいたチケットの受け取りのため、キング通りにあるBell Lightboxへ向かう。昨年完成し、前回のトロント映画祭に合わせてお披露目されたこのBell Lightboxは近年商業的重要性をますます高めているトロント映画祭の勢いを象徴する施設だ。ダウンタウンの中心部に位置するこの建物には映画祭の本部が恒常的に置かれ、ギャラリー・スペースやライブラリー施設、そして計5スクリーンの劇場があり映画祭以外にも一年を通して様々な上映プログラムが提供されている。マルチ・スクリーンの大型上映施設はシネマ・コンプレックスならぬ「シネマテーク・コンプレックス」といった趣で、シネマテークと商業主義がしっかりと融合されたという印象だ。(その商業主義的な雰囲気は建物上階に入った高級コンドミニアムや建物内に出店された流行りのレストランによっても際立たされている。とはいえここでの映画文化の多様性が映画祭の商業的成功によって担保されているのも事実なわけだから、これはむずかしい問題だ。)隣接する土地には「シネマ・タワー」と名付けられたタワーマンションの建設が予告されており、そこでは工事用のクレーンを使った即席のアトラクションが催されていた。(右下の写真)。原初的な視覚装置のようなそのアトラクションは「シネマ・タワー」という名のビルの建設工程に必要不可欠な、まるでそれがなくてはビルが立たない儀式のようなものに見えた。



『Hanaan』終了後、再び合流し、休憩を挟んだ後に、夜9時からの三本目の上映へ。「Wavelengths 1: Analogue Arcadia」はカナダが誇る芸術家マイケル・スノーの代表的な実験映画『Wavelengths』(1967)の題を冠したプログラムのうちの一つだ。会場は『Le Havre』と同じくアート・ギャラリー・オンタリオ(AGO)に併設された映画館。北米ではアートギャラリーが実験映画を積極的に製作・上映を手がけることが多くなってきていて、ギャラリーと映画の関係が議論されることも多い。4月のメカスのインタビューでも映画館で上映されない映画については話題になった。その点ではTIFFでは「Wavelengths」を映画館で上映していることは特筆したい。今回のラインアップではアーティスト・フィルムメーカーとして注目を集めるTacita Dean(10月からはテート・モダン、タービンホールでの展示が決まっている注目アーティスト)の作品『Edwin Parker』からローカルな(オンタリオ州に隣接する米NY州を拠点とする)Joshua Bonnettaの作品「American Colour」などを含む非常に多彩なものだ。会場は『Le Havre』と同様に埋まっており、映画館という環境も幸いしてか、7作品の上映の途中で席を立つ人も数えるほどしかいなかった。

Tacita Deanのタイトルにある「Edwin Parker」は、今年7月に他界した芸術家Cy Twomblyの本名だ。本作品でDeanはまるでRobert Wisemanの超越的なカメラのように淡々とParkerの姿を記録する。スタジオで仕事をする「芸術家」Twomblyの姿はピントがはずれてぼやけて見えないが、飾り気のないダイナーで食事をするParkerは姿だけでなく南部訛りの声まではっきり聞き取れる。Deanの作品群には米国のダンサー・振付師であるMerce Cunninghamの記録もあるが、これもCunninghamが他界する前年に発表されている。

「Wavelengths」のプログラマーAndréa Picardは、上映前にDeanが使っていたロンドンのラボが突然閉じてしまった話、そして今年になって相ついで亡くなったGeorge KucharやAdolfas Mekasを含む実験映画のキープレーヤーの話などをして実験映画の転機が訪れていることを強調した。